チームの力



本来ならローマからブリュッセルに回る予定が日程の折り合いがつかず、別のクルーがブリュッセルへ。そのブリュッセルでテロが実行された日に出発するクルーは当然キャンセル。かわいそう。パリもロンドン、ローマもやばいなと思いつつも、すべてが無事に終了。
楽器の搬送、特に琴など長尺ものは、アリタリアはOKなものの、英国航空がNG、エアフランスなどは無回答ときた。それぞれ当地でプロの方、素人の方から拝借し事なきを得る。
琴は3辺の合計が2300mmほどになり、超過料もばかにならん。
大道具も大掛かりになると3辺3500mmほどになり、重量超過はもちろん長さも超過となる。オーバーチャージだけで数十万にもなる。
最近は目の前で計測するからバッチリ取られる。数僖ーバーは容赦されたけど、1kgの超過は誤魔化しきれず当地に置き土産。
今後の海外公演は様々な影響で、大掛かりなものの輸送は船便に頼ることになるだろうな。欧州だと2ヵ月以上はかかるけど経費的には助かる。

先発隊のローマでの滞在時間は36時間。ローマでの印象はただただきつかった。その分ロンドンでは先発組に多少の余裕が生まれた。しかし、夜間の作業ができないため、本番当日は朝一番から開始。最低人数のスタッフでの作業は集中を要し、何とか本番に間に合う。

片道移動の13時間は疲労する。ましてや今回は特に最低人数のクルーのため、二役三役は当たり前。時差や初めての地での見学、公式行事など、疲労がさらに倍加する。それ以上に出演者やスタッフには酷を科し申し訳ない。





 

外国で作業するとき



 

海外で公演の仕事をするとき、当地の担当者とのコミュニケーションが最大の課題。
舞台用語、日本人は国内で、キエル、ハケル、カミ、シモ、ソデ…専門用語を使用する。
海外のスタッフも同様に母国語での独自の言語がある。舞台用語に秀でた通訳者がいないと舞台を作る際、とても時間がかかる。

本来なら劇場へは2日前に入り、実寸をみて作業に取り掛かり、出演者たちは空間の感覚、音響、光の位置関係など念入りにする。
しかし今回は弾丸ツアーだけあって、ローマでは前日の夕方に入り深夜まで作業し、翌日に公演。
ロンドンではスタッフと出演者の先発隊が前日に大道具を前日に搬入したのみ。出演者の一部は当日の夕方に劇場に入り、場当たりでリハをしただけ。出演者、スタッフのベテランはどんな状況下でも肝を据えて実行出来るが、飛行機やバスなど交通機関がトラブルを起こしたりすれば即刻中止。そんあ状況下での今公演。だから個々の人間力だけでなくチームとして機能させられるかどうかが一番の課題だったわけだ。

相手の言動に翻弄され、対峙的に愚痴っぽくなってきたら、プロジェクトは絶対失敗する。
短時間で相手の懐に入り、趣味など文化私観、ミッションを共有する。うまくいけばプロジェクトは成功する。

顧みれば、自分も成功と失敗の繰り返し。名門、サドラーウエルズでの今回は果たして、、、。




 


仕事をうまく行かせる方法



事は気分を良くしてする!
それによって結果が出るのだ。 
これに尽きる。


今日は仕事がうまくいったから気分が良い!と時々聞くことがある。確かにそうだ。うまく行かなければ気分は良くならないし


仕事で良い結果が出て気分が良くなったのか、気分を良くして臨んだから仕事がうまく行って、気分が良くなったのか。
振り返ると、仕事をうまくさせるように気持ちを高めたり、落ち付かせたりしているビジネスマンはどのくらいいるだろうか。


先日、法人でヒアリングしたとき、気分を良くするためには仕事の結果がでればいい、という人間が多数であった。
プレゼンテーションをとっても事前の気持ちひとつで気分を良くして臨めるのだろう。部下に叱りつけてからクライアントに出向いても、しかめっ面でいれば、仕事がうまくいく可能性は低い。
良い仕事をしようと思うときは、仕事を始める前に気分を良くすることのほうが大事だ。後悔する、後悔しない、の分岐点もここにあるのかもしれない。

さて、どうやったら気持ちをコントロールできるのだろうか。実際に何通りも試してみたが、その法人ではプロジェクトメンバーに余裕が出て、良いベクトルが生まれだした。

すれ違い


免許更新の際に事故映像を見せることが多い。運転は交通事故のリスクがあるのだ、と教えても交通事故は一向に無くならない。
教える側は映像により危機感を与える目的はあるのだが、人間は本来我儘なもの。自分だけは他人と違う、という驕りからスタートしている場合が多い。
だから簡単には思い通りにはいかない。
企業に置き換えれば、自分がやらなくとも誰かがやるだろう意識。
上司が経験から仕事のやり方を教える。まずは自分で考えさせるのか、やらせてみるのかを判断し決断しなければならない。教える側の視点 教えられる側は解釈する視点に食い違いをみせるので、十把一絡げで教えてもすべてに共有は出来ない。うまく行ったとしても上司が転属になった後に成長するスタッフもいれば、その逆もある。
すれ違うに全く気付かない人間もいれば、気付いていても立場的にどうしようもならないという人間もいる。


だから、客観的に伝え、一つにまとめることが必要なのだ。

取締役会を機能させる




ご相談で多いのは、「組織がうまく機能していない」という悩みだ。
 
こちらは中小企業が専門。
マーケッター、会計士、社労士、司法書士たちが集まり、チームで対応する。
法人、社団法人、財団法人、、50人から100人規模の企業が主。
 
役員、部長、課長を飛ばして、トップが直接担当者に銘じている状況をヒアリングして、管理職者がトップにお任せ状態で、トップと管理職、管理職と従業員のコミュニケーションがまったく出来ていないことに驚く。
 
原因は様々。
この法人では、取締役会での権限を明確にして、トップは社長業に専念し全体を見て、数名いる取締役を業務に特化した責任を全うすべく言動をとるようにした。
取締役会を機能させるための策を講じる。一か月後、彼らに変化が出ているか、楽しみ。

 

研修(取締役会改革)




北の町にきた。
仕事を終えて、近くを散策。

この町に入植が始まったのは19
世紀終盤。渡辺謙がクリント・イーストウッドに日本版リメイクを願って制作された「招かれざる客」の舞台のような町であったろうと想像できる。

開拓者が入り、先住民の人権はないがしろにされ、ならず者が闊歩した時代は、残念ながら今もこの地にある。アイヌ部族や被差別部落などその典型。いくら民主主義をアメリカから押し付けられたところで、先住民や黒人差別はなくならない国からの自由は所詮絵に描いた餅。自由を定義できても、自由を真に謳歌することがこの国のビションでもあろう。
経営も同様に自由であり、自由競争であるが、民主主義的なる経営を行っている企業が果たしてどこまであるのか。社内で自由をうたう経営を行えば、在籍者は好き勝手に動き回る。統制だの人的資源の強制把握だの物騒な言動に陥る人間がいれば、硬直すろ組織が出来上がる。もちろん、統制も束縛もなく自由に競争させ、結果第一主義で回そうとする経営者もいる。

結果的に企業か良い方向に向かえば、どの手法でもいい。能力のある人間が残り、企業のために目的をもち生きがいのある生活が出来るかどうかである。だからこそ、その仕組みが必要とされている。
トップや経営者側だけから話を聴くだけではなく、企業内すべての層からヒアリングをすることで、良い選択肢が浮かぶ。経営者に媚びを売ったほうが、早く決定がみえて、仕事のスピードも速くなるのだが、本音で勝負してしまうところに、こちらの欠点がある。

こういう風景の地に足を降ろすと、気分転換以上に、本来の自分に気付きがあっていい。
まあ、儲からんでも、クライアント企業が良い方向に存続できれば良し!なのだ。こちらの儲かる儲からないは、あとからついてくる。だから、苦しくても、仕事を楽しく出来るように考えればいいのだ。


 

研修




退院後、初めての研修。
長時間の講義は出来ない。かといってクライアントに甘えるわけにもいかんし、それならばと、研修方法を変えた。

対象が経営幹部。頭が硬くクリエイティブから遠のき、部下とのコミュニケーションを避け出し、保身を始めるお年頃。

まずは、個々の性格分析からはじめ、「集団の中の自分」を見つけ出す。

経営人はコンプライアンスを徹底しビジョンやミッションを共有する。
指導する立場を持つ人たちは、自分で、理解し部下に伝える義務がある。

口で言うのは簡単、実行出来るまで見守るのが大変だ。
研修は会社を離れ、環境を変えての実施もときには必要。

8月だというのに今朝の気温は19度。
今日も受講者主体の研修。無理せずやらせて頂きます。

 

夏の雲





朝食でたまたま隣の席に座ったイングランドから来た年配のツーリストが話しかけてきた。
広島は海外からのツーリストが多いね、と。

あまり気にはしなかったが、そこへ来てみるとアジア系の人たちとの判別は難しいが、以前に比べ確かに日本人より多い。HIROSHIMA
=atomic bomb
 、世界で最初で最後の地。最後の地となればいいが。
2015
年7月25日、7、8度目の広島。50年前の今日、1959年7月25日、チェ・ゲバラもここへ来たそうだ。アメリカ傀儡政権から革命を成功させたアルゼンチン人。いまさら詳細を語るまではないだろう。

なぜ、日本人は原爆をアメリカに怒りを感じないんだ、と尋ねる。俺たちだったら絶対にやり返しただろう、とも。もし、やり返えそうとしても幸か不幸か核は日本にはなかった。やり返したところで中東同様に泥沼に陥っていただろう。
さらに、東西冷戦の影響下で、占領され、本当の敵は共産国であると少ない情報に洗脳され、曖昧な民主主義国家になり、アジアの戦争の特需で経済大国にのし上がり、経済復興が最優先され、世界で一国としての振る舞いも出来ず、白人からみて黄色人種は差別されたとしか今は説明のしようがない。もっと説明が必要なのだが、説明できるほどの英語能力はこちらには乏しい。

戦後70
年。政治では相変わらず与党も野党も、首相になればアメリカを詣でる国。アメリカ人が作った憲法を守ろうとする今の野党。アメリカ寄りの与党がそれを改憲しようとする。日本の憲法をつくった当のアメリカは、遠い国の改憲を対岸の戦争のように見てせせら笑う。これで同盟国に軍隊が出来た、と。正論から外れ、筋が通っていない。

本来なら、原爆を落とされたことで永世中立国になる可能性もあっただろうが、関係諸国の承認はあの東西冷戦下では得られなかっただろう。

経済優先国家に永世中立は似合わない。映画「第三の男」でハリーライムが友人に語る「中世の長い戦争で、国は流血していたが、ミケランジェロ、ダヴィンチを生み出し、ルネッサンスを作った。スイスは500
年の平和と民主主義ではもたらしたのは鳩時計だけ」という平和を皮肉ったセリフがあった。
毎回、ここへ立ち寄るたびに、取り留めもなくいろんなことを考えてしまう。


今日は仕事もなく帰京するだけ。

夏の雲だ。





 

手術





ただただ眠い。
心電図が普通じゃない、とドックで指摘され専門病院へ。
病院へ入所したが、症状が出ていない。しかし、つけっぱなしの検査機は嘘をつかないらしい。

長い長い検査を経ての結果は、要手術。複数の医師による判断ゆえ納得。


手術が終わり、気が付くと3、4日経過。
その間の記憶はおぼろげ。現実と夢の間を行き来していたようだ。
手術スタートから28時間後に目が覚めたらしいが、とんと記憶は皆無。
 
肋骨を切断し、心臓を取り出しメスを入れる。
不安はありますか?と問われ、ビールが飲めるのはいつ頃かを尋ねると、少量なら退院後すぐにでも、と真面目に答えてくれた。患者に対し希望の持てる言い回しを心掛けているようで恐縮。


気を使われている本人はいたってノンビリ。不安、不満もなし。任せるしかないのだから。
心臓の冠動脈が梗塞を起こして、さらに心臓の筋肉が動かず、4つの弁を持つ心臓内の一つの弁が機能せず、体内への血液の供給がうまくいかないらしい。


石油を運ぶ道路が渋滞して各工場に配給できず、このままだと工場は操業停止、倒産。さらに工場内の石油を貯めておくタンクが故障して、工場内へ石油が回らず生産機能が麻痺しているようなもの。放っておいたら危ないよ、というので手術に同意。
 
手術後、心臓が三度停止したそうだが、本人には記憶なし。
臨死体験したような、しなかったような。
きれいなお花畑もなければ河もなかった。
母親が途中、現れて、「ここへ来るんじゃない!」と言われた。
 
まあ、生きていれば、また楽しいこともあろうに。
 
たくさんの皆様より、お見舞い頂きありがとうございました。
しばらくはリハビリに専念し、仕事を徐々に始めます。


 

BAR





「店主の帽子」で知られているバーが銀座にある。
店主が店にいるときは帽子が掛けられていて、不在の時はそうでない。
長いこと通うも、今じゃ銀座からは足が遠のき、無沙汰している。


その同じ名前の店がサイゴンにあった。
もしや!と店に入ると久しぶりにオーナーのK
氏と再会。
朝まで歌舞伎や文楽、能の話で盛り上がる。

その店が銀座以外にも都内にあるのを今日知る。

早速入ってみるが、お相手は粋なおネエさんではなく、無粋なメンズ。
仕事での緊急の打ち合わせで、店を探していたとき偶然に発見した。

さすがにK氏は不在だったが、銀座とはお客さまの層が違う。
昔は、午後2
時過ぎに打合せがあると、ホテルのバーを利用したものだ。
酒臭い顔をしてオフィスに戻っても咎められることのない時代だった。

そのホテルのバーも効率性から午後2
時に開店することなどなくなったな。
自分の通っていた時代のバーとは異質な文化があるのかもしれない。

 

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