赤坂文楽

 

開演ブザーが鳴る。

いつもならフロア担当者と連絡を取りながら、スタンバイ状況をみて開始のキューをだす。

今回は、文楽の実演だけでなく、対談しながら途中で過去の映像を回しながら進める初めての試みを導入。

毎度ながら初めてのときは緊張する。

 

桐竹勘十郎さん、吉田玉女さん、二人の若手実力者。

文楽というのは50代でも若手!という。恐ろしい世界ですね。

 

そのお二人が、お二人の師匠である故吉田玉男、吉田簑助という両人間国宝による、

17年ほど前の「曽根崎心中」の映像をもとに、

「文楽の伝統を受け継ぐ」とは何なのかをテーマに語り合うという企画。

 

第一部で名人たちの映像をお客様におみせ、第二部ではお弟子さんが実演する。

こんな無謀な企画は・・・、勘十郎さんに笑われたが、最後は納得して頂き本番を迎える。

 

舞台の広さ、少ない予算、映像、限られた条件の中での実施。

この時世では伝統文化に予算がつきにくい。

 

過去の映像による対談が90分、道行の実演は30分。

「伝統を受け継ぐ」テーマ性から、時間割がこうなる。

実演が長いのが本来、という意見もあったようだが、

コアのテーマから「受け継ぐ」は事前の解説がなければ成り立たない。

今後もこの形式で考えている。

ただ、人形だけではなく、

文楽の場合は三業から成立しているので、床(太夫、三味線)にもスポットを当てる予定。

 

予算が少ない。ゆえにスタッフに人的余裕などない。

プロデューサー、ディレクター、マネジメント、すべてを兼務。

特に映像の編集と本番での映像出しは神経を使いすぎ。

反面、編集に懲りすぎていたという批判もアンケートにある。

 

 

過ちを改めるのは憚らない。

いいものを提供するための策は常に考え続ける。

お客様あっての芸能。

文楽の本質に少しでも触れた気分をもって頂けたら、幸い。

 

このあと文楽のイベントは、相生座、素浄瑠璃、ルネッサながとと続きます。

 

 

 

 

 


杉本文楽 曽根崎心中

 



この曽根崎は、杉本博司氏が構成・演出・美術・映像を手掛けたもので、

近松門左衛門による文楽の初演を308年ぶりに復活するのが今回の上演意義になる。

 

文楽を見始めて25年ほど。仕事としてもかかわらせて頂いている。

以来、野澤松之輔師匠作曲の曽根崎は数えるのが億劫になるほど見させていただいた。

この曽根崎は、生玉社前の段、天満屋の段、天神森の段という構成。

お初と徳兵衛が死に行くまでの大筋の流れは変わらないが、

現在は上演されていない「観音廻り」が原曲の即して新たに登場している。

 

この世で二人が遂げられないのなら、あの世で成就する。

この想いはお初の観音廻りを見ることで、最後に心中へと向かうお初の気持へつながる。

いわゆる物語の伏線としての大きな存在となる。

 

 

文楽に限らず、歌舞伎も能楽も、出来た時代のそのままの形が上演されているとは限らない。

能など600年も続いた芸能では、その長い間に、時代が変わるたびに表現の変化が当然あったであろう。

文楽もしかりである。

過去に作られた曲が口伝によって300年も続くのは考えてみれば奇異なのかもしれない。

海外でもワーグナーのニベルングなど演出家が解釈を変え表現し続けている。

それであるからこそ文楽も歌舞伎も能楽も継承されてきたのだ。

 

 

今日は、新作劇を見ているような新鮮な気持ちがある半面、

現行の曽根崎を比較してしまう下劣な行動のはざまで、ややもすれば気持ちは混乱していた。

しかし、舞台は構成も演出も感心するほどだった。

本公演とは違い字幕が出ず、初めての箇所が多い浄瑠璃を聞こうとかえって集中ができたな。

 

舞台の奥行きの深さを上手に使い、書割の大道具を使用せず、シンプルな舞台づくりが立体感を与えている。

文楽独特の人形の存在する世界を区別するための手摺がないのは最初戸惑ったが、時間の経過とともに慣れてきた。

床は本来上手にあるもの。妹背山で下手に設置するイレギュラーはあるものの、

観音廻りは上手に始まり、生玉社は下手、天満屋は上手、そして道行は下手と、

おそらく進行上、そのような手段にいたったのだろうが、やってみれば違和感などなく、自然に受け入れられた。

 

人間国宝の三味線弾き、鶴澤清治師が天満屋でメガネをかけて演奏していたのは初めて見た。

本公演では、三味線弾きは楽譜を見ないで演奏するのが当然で、譜面台もない。

新作ということもあり譜面台がおかれていたことからも長丁場の曲ではメガネが必要不可欠なのは許容範囲かな。

 

幕のない劇場での公演は古典での演出を考えるとやりにくいのだが、

それらをすべて許容し、新しいスタイルを受け入れていく経過は師匠たちや若手の話を聞いて、

難しさと新鮮さが混在するマネジメントの妙味であると実感した。

「古典」が「現代」にフィットしていく様は、現代劇もやがて伝統として生き残る素地を耕しているのだと思うと、楽しい。

 

継承・普及・発展のキーワードは伝統文化の世界感の象徴。

その象徴は、具現化することでエンターテイメントとなる。

現代アートも古典なアートも、見る者を魅了できる資質があって初めて生き残る。

 

この新しい曽根崎が生き残る可能性はとうぜんある。

第一の復曲が1950年代、第二の復曲が2011年。

原曲の復活は今後さまざまな面で広がりを見せるかもしれない。

 

観劇しながら様々な想いと感情が飛び交ったこの“2時間半”はそうそう経験できるものではないだろう。

 

2011814日、15日、16日 神奈川芸術劇場

 






上方での食


出張先として多い関西。
先月から通算すると10日間以上を過ごす。

京都、神戸以外ではやはり大阪が長い。
神戸から大阪に入り最初に入ったのはキタの居酒屋。

まずは、「よこわ」。
長いこと大阪に通ってるものの、知らないことばかり。
「よこわ」ってなんじゃい?って聞くと、マグロの青年時代とのこと。
ああ、関東では「めじ」と言ってるな。
成魚にはないしまった身に適度のアブラがのって、やはり酒がすすんでしまう。

写真は「さごし」。つまり、さわらの焼き物。



 

これは沖漬。
醤油は適度に、イカの旨みをいかした程良い味に仕上がっていた。


「のれそれ」。
以前に食したこともあるが、この名前では初めて。
あなごの稚魚。
これは旨い!

旨いのはいいが、こんなんばかり食べて酒を飲んでいたら病気になりそうだ。
ほどほどに。


少し経ってからお客様と合流し、鶴橋駅からタクシーに乗り、コリアンタウンへ。
新宿の職安通りから北側にかけてのコリアンタウンとはまた違った風情。
いろんあ食材が通りに目白押し。





さて、向かった先の一軒家。


でかくて、ぶあついこれは、
周りのパリパリ感と中の柔らかさのバランスが絶妙なチジミ。
これはおススメ!


最後にオーダーしたのは、アワビのおかゆ。
黄色というか、本物はもう少し緑がかっていて、
あわびの肝が旨みを引き出している。
お越しの際は、ぜひ食して下さいませ。



クライアントさんや学生から、こういうものを毎日食べているのですかと尋ねられるが、
けっしてそんなことはありません。

ふだんははいたって粗食。
自転車で帰った昨日は、
冷やした煮大豆に紫蘇ドレッシングをかけたレタスと水菜を混ぜたものを食べただけ。

今日は夜、食事会があるので、ランチは野菜サンドとラズベリースコーンのみ。
いたってシンプル。


それはともかく、地域独特の名前が存在し、
その違いに食生活や文化の違いがみられるのがおもしろい。

関西出張は来月も続く。



文楽劇場ツアー

 



先週末は、東京文楽会の大阪の文楽観劇ツアー。
9日土曜日にお客様と合流。

夜の部が始まる前に簔助御大にお願いして記念写真。
人形まで持たせて頂いて、舞台裏まで案内して頂く。


一部が終了すると、御大はロビーへ。
東日本震災の募金活動に参加。
技芸員さん、若手から住大夫師までも。



今回は、源大夫、藤蔵のダブル襲名公演。


源大夫師匠は退院後間もないの残念ながら口上のみ。
新藤蔵さんがロビーへ。



楽屋口も花でいっぱい。
華やかさがありますね。

夜の部は、宮城野と近松の女殺油地獄。
勘十郎さん、東京(国立劇場小劇場)では何度か与平衛を遣ってますが、
大阪(国立文楽劇場)で遣るのは初めて。
手すりを滑る所作はてすりが長いので大変そう。
食事会の時もそんな話で盛り上がる。


お吉を殺した後、平然とワインを飲む勘十郎(笑)


二日目は、襲名公演観劇。
200年以降では何度目かな。

2003年に勘十郎さん、その後、燕三さん、清十郎さん、そして今回と。
文楽の襲名口上は歌舞伎と違って本人が喋らないのが特徴。
話も形式的な面と砕けた面があって面白い。

源平布引滝。いい公演でした。
この日は満席状態。東京もいっぱいお客様が来場されるといいですね。

文楽劇場見学の二日目。
前日の舞台に続いて、この日は、床山さん、首の部屋、そして衣裳室。


細かい話に興味津津の皆さん。


杉本文楽で使用する予定だった曽根崎の衣裳。
3月は中止になりましたが、8月に2日間だけ公演することになり、
それまではここで待機。
楽しみです。

そして最後は奈落へ。
奈落の底というくらい暗いですが、そこは近代的劇場。
回り舞台を回した縁の下の力持ちの人たちは今やコンピューターで。


これで無事終了。
大阪での観劇、また開催する予定です。



映画「冥途の飛脚」

 



これは、カナダ人であるマーティ・グロスが1979年に制作、監督した映画である。

 

文楽の世話もので人気の高い作品。

飛脚問屋の忠兵衛が馴染みの傾城梅川に思い入れ、武家に届ける為替金に手をつけてしまう。

逃げた忠兵衛と梅川は、忠兵衛の生まれ故郷で新口村へ向かい、ついには捕えられてしまう。

近松門左衛門作の本曲、舞台では新口村へ逃げる途中の「道行相合かご」で止めることが多い。

 

近松亡き後には手を加えられたのが「新口村」。

親子の情愛が描かれ、単独で上演されている。

歌舞伎化したものとして「恋飛脚大和往来」がある。

 

この映画では、「冥途の飛脚」と歌舞伎の「恋飛脚大和往来」を三部作としてまとめ、

1時間半程度にまとめられている。

文楽に係ると躊躇われてしまうだろう箇所も、大胆にカットされている。

初めて見る人にはかえって物語がわかりやすいかもしれない。

 

出演者では、大夫が現在の綱大夫師、住大夫師が参加し、封印切では故越路大夫師が語るという伝説的なもの。

三味線は、先代の錦糸師、燕三師、そして清治師匠という人間国宝がズラリ。

人形も、忠兵衛の故玉男師、梅川の簔助師、先代勘十郎師、文雀師という人間国宝。

紋寿師に加え、故人となった文吾師、一暢師、玉幸師など、見ていて懐かしさのほうが先に立つ。

 

スクリーンでの人形の表情は何度か見ているが、

過度のズームを使わずとも、舞台上で人形はイキイキとしている。

 

30年前に日本で制作されたにもかかわらず、日本では公開されなかった理由に、

たぶん日本では集客ができない、というのは妙に納得。

 

いまでこそ、東京では満席になる日も多いが、その頃はといえば、空席多く悲しい情景があったな。

 

それでも、公開されただけでもウレしい。

国内には、撮影が終わっているにもかかわらずお蔵入りの文楽映画もあるのだから。

 

いろいろな意味で観てほしい映画でもある。

 

 

/東京都写真美術館/

 

 








冬至とバスキア

 


平成22年1222日は冬至。

この日、夜が一番長くなる。

スカンジナビアの国々はこの期間は日中も暗くほとんどが夜で、闇の毎日が続く。

そのせいか、太陽の生まれ変わりを意識する日でもあるという。


 

画家ジャン・ミッシェル・バスキアの誕生日がこの1222日。

そのバスキアのドキュメンタリー映画が上映中。

バスキアのすべて公式サイト
 

以前、彼を描いた「バスキア」という映画があった。

デビッド・ボウィ、デニス・ホッパー、ゲーリー・オールドマンという顔ぶれの割に、
日本ではヒットしなかったような気がする。


映画「バスキア1996年制作。

 

ジャン・ミッシェル・バスキア。

判断能力の欠如したアートな若者を金儲けの手段にしようと企む汚い奴らが取り巻く。

やがて信じる術を失い、友人や女たちまで失う主人公。

 

アンディ・ウォホールの死。

そして彼の死。

 

映画とは異質なドキュメンタリー映画。

映画を見終えた後、映画館のある街の雑踏が空虚に思えてしまった。

危機感を持ちながら彼らはこの雑踏を楽しんでいるのだろうか。

そこにある不安や不満、危機を忘れたいゆえ放蕩するのか。

あのバブルを彷彿させる時代感がなぜかこの不況下の日本にある。

 

「日はまた沈む」を著したのはビル・エモット。

そして「日はまた昇る」を、書いた。

 

日いずる国の冬至。

翌日から太陽の輝く機会のある時間が伸びていく。

希望は持たなければ前に進めない。

 

見ることで様々なことに気付く、いい映画だった。


北の国から忠臣蔵

 



男の映画!という先入観。
試写会、冒頭の挨拶では女性たちに見てもらいたい、という談。

ズルズル… ズ〜〜ッ(--)
泣いいらっしゃる女性が多かったですね
監督は、北の国からの杉田成道さん。
なるほど、泣かせるわけだ(笑)

いい映画でした。

文楽の曽根崎心中。
文楽人形と義太夫節が随所に使われています。

赤穂浪士の討ち入りが行われたのは1703年12月。
曽根崎心中の竹本座での初演は1703年5月。

元禄時代。
平和に慣れた多くの武士は、忠義などという言葉を忘れ、
命をかけて主君を守ることもなく、自身の立身出世と精を出す。

討ち入りの16年後。物語は意外な結末へと導いてくれる。
ここまでしなくてもいいのに、と思ってしまう自分は武士から遠いのだろう。

救いようの無さ、反面すがすがしさを感じた。
いい映画でした。ぜひ、ご覧ください。

予告編
http://www.youtube.com/watch?v=eFDw6QpmhlY&feature=player_embedded


終えてからコーヒーブレイクしながらの振り返り。
個々の視点がそれぞれにあり、自分を確認したり、
新しい発見があったりして、そういう時間は大事です。

以前、大学のOBたちと毎月映画を見て、酒を飲みながらの振り返りをよくやりました。
企業研修でも応用を加え、この手法を取り入れています。 
コミュニケーション能力を高める効果以上に、個々の人物感がより明確になり、時には一体感ができます。

仕事以外での話題で人間関係を密接にする。
われわれのミッションでもあります。




自転車のまち オランダ・アムステルダムをゆく

 



この夏のFIFAワールドカップはスペインの初優勝で幕を閉じた。

大方の予想はオランダだったのに。

決勝までいくのに勝てないオランダ。

優勝していたらアムス市内はそこいら中、Proost!(乾杯)が響きわたったろうに。

 

そのアムスに僕たちは昨年の夏滞在していた。

文楽のオランダ公演で、制作サイドはパリで仕事を終えてからのアムス入り。

 

パリとは異質空間のアムス市内。

帰国するとき、もう少しここに居たいと思ったな。

 

滞在期間中、ホテルと公演会場の往復はほとんどバスでの移動。

それでも午前中の空いた時間に、何度か自転車を借りて、市内を走った。

いいですね、この町での自転車は。

 

車道と歩道、自転車道が分けられていて、とても走りやすい。

たまに、異邦人がその勝手を知らずに自転車道を歩いて、何度かベルを鳴らされたこともあったけど。

 

そう、この町は車より自転車が生かされている町です。

 

 

それから1年。

その時、通訳で世話になった濱野貴子女史より、本が送られてきた。

帰国の際空港で、本を書いてますから、出来上がったら連絡します!って言ってたっけ。

それが完成したんだ。

 

 

「自転車のまち オランダ・アムステルダムをゆく」

 

そうか、やっぱり自転車だったか。

 

ホテルに迎えに来たバスに僕たちが乗り込むと、彼女はバスに乗らなかったな。

どの国に行っても通訳さんは同情するのが普通。

「帰りは時間が見えないので、自転車で行きますので会場へ先にお入りください」

移動する車窓から、彼女がペダルを踏んでアムスの市内を疾走する爽やかな姿を目にした。

 

ほとんどの車道が一車線だから、飛ばす車も少ない市内。

自転車でも十分追いつける環境だからこそできる。

 

そう、オランダは自転車王国なのですよ。

 








オランダ。

チューリップ、チーズ、木靴…、

そういった有名なものがたくさんあり、文献でも、また映像でも紹介されている。

でも、自転車の町のことが書かれた本はお目にかかったことがない。

 

 

濱野さんの仕事ぶりはテキパキしていて、こちらの仕事がとてもやりやすかった。

業務的な通訳ならまだしも、文楽そのものの解説、

人形、大夫、三味線、いわゆる三業をオランダの人たちに伝えるのは難しい作業。

 

三味線の鶴澤燕三さんが文楽三味線を解説する時、

ふだん燕三さんは、「向こうから人が歩いていてくるシーンでは、、、」と女優さんを引き合いに出すことがある。

そこを彼女の提案でオランダの有名女優んしいて、会場から拍手をもらったときなど、そのタイミングといい、訳し方といい、

やはり6年も7年も住んでいるからこそできるもの、またそれ以上に真摯に取り組む姿勢があればこそ、と思う。

 

 

さて、この本は、そういった彼女がオランダを、自転車を通して見た写真付きのエッセイである。

その写真も、とてもきれいで、美術を志す、

またイラストも描ける技術を持ち合わせているせいか、写真の構成もいい。

かといってアートを意識し過ぎず、誰にでも楽しめる構成が実にいい。

 

 

オランダは長崎の出島で貿易を始めた、日本でも古い友好国。

歴史的な視点も書かれ、お店の紹介はミーハー的になりがちな文章が時に感情が抑えられクールに、

そして人間性の深い素直な視点でものを見る姿勢が、知的好奇心を刺激する。

 

文章も分かりやすく、仕事に関係なく、再びアムス市内で自転車を走らせたい思いが湧いてくる。

 

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濱野貴子さん[ハマノタカコ]

立教大学社会学部を卒業後、渡蘭。アムステルダムにて美術を学び、その後オランダを拠点として現代美術作家活動や他の文化活動等にとりくみ現在に至る。また、アーティスト・イン・レジデンスなどを通じて日本での活動にも力を注いでいる。現在アムステルダム在住。

 

彼女よりメッセージ
「自転車のまち オランダ・アムステルダムをゆく(ISBN 9784863110434)」
「MIRRORED MEMORIES (ISBN 9789081287425)」は2009年にオランダライデンにあるシーボルトハウスより出版されたアートブックです。ニューヨークMoMAのライブラリーコレクションにも入り、主にオランダのideabooksを通じて世界各国の書店等でもお求めいただけるようになりました。

オランダ:アムステルダムのBoekie Woekieという書店にて閲覧可能。ネット注文はVAN STOCKUMなどから。
日本:東京恵比寿のナッディッフアパートという書店にて閲覧可能。取り寄せ注文はideabooksとつながりのある本屋さんトレヒト、青山ブックセンター、恵文社などから。(その際にはタイトル、ISBNナンバーとオランダideabooks取り扱いの旨お伝え下さい。)
米国:ニューヨークMoMA内のブックショップ、MOMA Design and Book Storeにて販売中。
その他の地域の流通情報等はideabooksへ直接お問い合わせいただけます。
http://www.ideabooks.nl/index.php



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公演した会場、ミュージック・ヘボウ。
対岸から見た姿は自分にとっても新鮮。



うつし世の静寂に

 


政令指定都市、川崎。

そこで古くから畑を耕す家族、人々の姿を追ったドキュメンタリー映画野の第二段。

「うつし世の静寂(しじま)に」。

なんとまあ、詩的の響きだろう。

 

制作者の小倉美恵子さんとは、あるお寺さんでの講演会で知り合った。

川崎の百姓です、と自己紹介した彼女の表情に屈折した思いはない。

 

田や畑が住宅地に変貌して様を長いこと見つめてきた目の先には、

古いコミュニティのその輪が小さくなり、かといって新しいコミュニティができるわけではない、

本来の豊さの喪失が、彼女を活動へと駆り立てるのではないかと想像した。

 

人工透析をしながら、撮影、執筆に勤しむ頑張り屋の彼女の作品を2年ぶりに見て、

人の集う尊さの本質を見たような気がした。

 

 

地域の人々が集まり、円座して、大きな数珠を回しながら念仏を唱える念仏講。

 

お地蔵さんを順番に家々に置いて、祈りを捧げるために、

その地蔵を背負い次の家へと届ける。

 

谷戸という谷あいの田で黙々と畦を作り、作物を育てる人たち。

その姿は美しく、しかし顔の皴は過酷な労働とその人たちの人生を伝える。

 

古き良き民族芸能で、地場と民衆を繋いだ宗教への足がかりともなったお神楽。

小さな山の中のお社が分社され、山中の祠の跡地でそのお神楽を復活させる。

子供たちから、その舞を舞った人たちが協力して復活させる様は、素直に羨ましい思いを抱く。

 

念仏講、巡り地蔵、初山のお神楽、谷戸、すべてが古臭い慣習ではなく、新鮮に思えた。

監督の油井さんの、人間への愛情が映像となって映し出されている。

 

慣習は、その土地、その人間たちに必要であるから生まれた。

便利さは素晴らしいが、人間を楽なほうへとおしやる。

苦しい思いをして土とまみえるのを拒否した人間の増加。

自分だけで物事が完結できると驕り高ぶった人間の多い世の中の希薄な人間関係。

 

人間は、というより日本人は、血の通う人間の豊かさを徐々に失っているように思える。

では、どうするべきなのか。

この映画に、そのヒントが少し見えた気がする。

 

 

農業の神様を祭る御岳神社へ詣でる御岳講を描いた前作「オオカミの護符」から2年。

この映画から、考えること、また感じること、気づくことがたくさんあった。

 

映像は、商業映画の秒単位で画像を変化させるスピード感はないが、

適度に癒される絶妙な速度感がとても居心地をよくする。

 

 

また、本編を終えてからの、インタビュー映像は実にいい。

われわれの業界でいう、いわゆる「気づき」がもたされて、

疑問点や自分の鏡に見えていなかったものが、改めて見えたりする。

 

 

自主上映が主体だった前回の映画は、今回は街中の映画館に飛び出す。

こういう映画こそほかの土地の多くの人たちにみてもらうべきものなのだが。

 

人にとって豊かさとは何なのかな。

 

    
    映画の詳細






インビクタス -INVICTUS-

 

インビクタスは、今春公開されたクリント・イーストウッド監督、モーガン・フリーマン主演の映画。

原作をもとにフリーマン自身が脚本を書き、あのイーストウッドに監督を依頼したと聞けば、フリーマンがいかに惚れ込んでいたかが伺える。

 

この春の封切り時には映画館では見られず、DVDの発売を待ちわびていた。

記憶が途切れそうになった上海からの帰路、機内で観る機会に恵まれたのに、フライト時間が短すぎて途中で終わってしまった経緯がある。

 

ネルソン・マンデラ。

アパルトヘイト、人種隔離政策に反対して行動を起こし逮捕され27年間の監獄生活に耐えた南アフリカ共和国の活動家。

ボクは80年代に初めて、アパルトヘイトという言葉を聞き、そして知った。

人種差別も、そしてもっと残酷な、黒人と白人を隔離する。

居住からすべて別々の空間で生活させることをいう。

 

この映画の冒頭で、頑丈な柵に囲まれた芝生で白人たちがラグビーを練習するエリアの道路を隔てた反対側では、粗末な場所で黒人の少年たちがサッカーに興じているシーンなどは隔離政策の象徴だ。

 

アラバマ州、ミシシッピー州など南部アメリカでも60年代までは、バスの座席、公園のベンチなどに「白」、「色付き」と書かれた看板が実際にあり、事実上の隔離政策が存在している。

日本でも、人種問題とは異なるがハンセン氏病の患者さんに対し強制隔離を行った負の遺産がある。

 

80年代半ば、ポール・サイモンが、世界で経済的制裁を受けていた南アへ渡り、現地のミュージシャンたちと作り上げたグレースランドがグラミー賞を受賞し、初めてアパルトヘイトなるものをボクは知った。


GRACELAND

その頃、ゴルファーの青木功が、南アでのゴルフ世界選手権に出場すると表明すると、外務省は遠まわしに彼に対し非難するようなコメントをしていたが、

日本企業が南アと貿易をしていた事実を大きな声で言わない日本国やメディアには失望したな。

 

さて、そのアパルトヘイト下の南ア。

27年の獄中から開放されたマンデラさんが多くの、そして大きな課題を背負って大統領に就任。

映画は、マンデラ氏が釈放され、大統領になり、国をどのようにまとめるのか、厳しい時代に臨むところから始まる。

 

そして、マンデラさん、南アフリカでラグビーのワールドカップが開催されるのを機に、この大会をアパルトヘイト撤廃後の民族融和の祭典として位置づけた。

 

史実に基づいた事実を映画化。

ボクにはもうこれで十分だ。

 

そして、偶然というか、神々しいというか、南アは優勝した。

映画はラグビーシーンを多彩に盛り込んで終わる。

 

スクラムを組み、球出しが早いときは問題ないが、

スクラムの押し合いになると、途中で酸欠になり、意識が遠のくことさえある。

フロントは前から押され、後ろから押され、力を抜いたら背骨が折れそうなくらいだ。

 

ラストは強豪ニュージーランド・オールブラックスとのマッチプレーに時間を費やされている。

ラグビーを知らない人には??? どう映るのかな、、、余計な心配をしてしまう。

この大会で、日本はオールブラックスから100点以上も取られ、屈辱的な敗れ方をしている。

 

 

押す。倒す。タックルする。

この恐怖感を、昔を思い出して涙が止まらなかったな。

 

ALL FOR ONE

ONE FOR ALL

こういう言葉がある。ラグビーの精神でもある。

 

 

これはラグビー映画でも、スポーツ映画でもない。

また政治や社会のあり方を訴えるものでもない。

 

人間の尊厳を、強さ、弱さを、考えされる魂の映画でもある。

「融和」を簡単に言葉で表すことはできるが、実行するには並大抵の精神力では叶わぬ。

魂の存在を認め、寛容な精神があってこそリーダーたるゆえんであろう。

 

もう一度観たい。

そして、ビジネスマンにも観てもらいたいと願う。

 


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