gimme shelter

放射能に汚染された町で仕事していると時々フワフワとしたイイカゲンな感覚に襲われる。

体は放射能の影響を受けるほどではないと思うが、初年度は何度か高熱が出て、ややナーバスになったりしたが最近は、不買的行動に対して怒りの矛先を向けるわけでもなく、崩壊しかけた企業を継続させるために良い商品を供給することと、心身ともに疲弊した町の人間たちの雇用を少しでも確保することが先決になっている。

 

数名のスタッフで常駐する際はさほど考える時間もなく目の仕事を淡々とこなす事に集中するのだが、一人で常駐する際は無性にこういう曲をiPodから引っ張り出して聞く機会が多い。

 

そして聞いているうちに腹立たしくなってくるのだ。

何に?と問われても、その矛先はあまりにも多いから、「別に」と答える。

 

Gimme shelter
ストーンズ1969

ニクソンがベトナム戦争を止めると言って大統領になったものの、カンボジアやラオスに、そして北爆を引き出し、嘘が嘘を呼び、挙句にウォーターゲートで失脚するアホな大統領下での核と戦火の恐怖を皮肉っている。

 

Watch the tower、ディランの名曲をジミヘンがロックにした。

これは感覚としてフィットするのだが、ディラン特有の皮肉っぽい詩の内容が、今でも理解に苦しむ。

gimme shelet と叫びたくなるけれど、福島との関わりは当面続く。
 

Gimme Shelter
All Along The Watch Tower

 


見慣れていく風景

 

 

梅雨の季節。

見慣れていく景色は2年を終えようとしている。

 

組織の中に変化は起きていたか。

1年ぶりの見慣れた風景。

けっきょく、組織は大きな変化を期待していなかった。

 

さいあくの事態。

取締役を退任する予定は、延長となった。

 

 

組織が動かない原因。

ナレッジマネジメントが機能していない。

アイデアや新しい発想は、旧式行動者の反対で進まない。

 

改革をするにあたり、改革に賛同しない者は、改革を邪魔しないか、または去るしかない。

 

ゴール設定があまかったようだ。

自分たちで目的、目標を作る意識が弱い。

それならば、こちらが作る。

夏に始まり、秋、冬、春、そして2年目の今年、この梅雨の時期に改革を再開。

今度は、不退転の決意。

 

頑なな心は少しずつ雪解けしてきた。

目標設定を人物によって切り替えるだけで明かりが見えてきた。

それでも頑なな性格を直そうとしない人間もいる。

 

そういう人間とはコミュニケ―ションが止まる。

創発は難しい。

 

それをどのように乗り越えるか。

企業再生を優先するときは、能力なある頑なな人物の雪解けを待つ余裕はない。

 

 

しばらくは鬼になるしかないな。

 

でなければトンネルの向こうの明かりは見えんから。

 


ブレスト


 


 

就職してすぐ営業担当になったころ、お客様の前での立ち居振る舞いや話し方について、

上司をお客様に見立てて練習するのをブレストと言っていた。

そのブレスト、今や特定の問題のアイデアや解決策をディスカッションして生み出す方法、という意味に使われている。

 

企業や企業での研修、大学や各種学校での講義でもブレストを取り入れている。

教えられる行為に慣れている学生は、質問を振ると驚いたり、腹を立てる者までいる。

こちらが驚く。

自由発想に慣れていない企業でも、ブレストの原則が活かされないこともままある。

 

ブレストの即効性を有効にするのは、

自由な環境で能や身体をリラックスさせ活性化することだ。

やがてアイデアや思いつきは整理され、形式知となり言語化され具現化に近付く。

 

活かされない理由に、「批判」、「意識的非同意」、「会話分断」がある。

「ダメだ!」「ありえない!」「経験がない」「前例がない」と一蹴したり、

ひどい表現になると「そんなに考えられない」「現場を無視している」など、

完全に切り捨ててしまうケースさえある。

 

何度も足を運び、深く入り込んだ企業でも最初は、

またスポットでお邪魔した企業ではこういう洗礼を浴びることもある。

否定からは何も生まれない、のに・・。

 

 

NHK白熱教室では、ハーバード大学マイケル・サンデル教授に続いて、

スタンフォード大学のティナ・シーリグさんがアイデア豊富なブレストで学生を引っ張っている。

ブレストは「教える論理」ではなく「引き出す論理」。

そして方向をまとめていく。

私など教える行為に専念しても、知識、経験、発想力など個々の力量に限界さえ感じる。

経験値と未体験の発想が錯綜させ、様々な視点で捉えて広げて、そしてまとめる。

現在抱えている問題点を解決。

新製品制作のためのアイデア出し。

アイデアラッシュから焦点を絞り込んでいく。

そのための手法がブレストだ。

 

 

今週は、クライアント先の工場内にいる時間が多い。

問題点の整理と解決方法、より良い製品を生み出すための工夫が今の課題。

工場が稼働している場合ブレストを行う時間は限られる。

問題点が明確なときは、チェックリストの手法が生きてくる。

 

「拡大」「縮小」「入れ替え」「結合」「真似」「代用」をキーワードにして、

仮説を立てて、現場と一緒に考えていく。

何日もかけて商品開発に成功した時の嬉しさは、言葉では言い表せない。

時間を共有した仲間への感謝でいっぱいになる。

そして気持ちに余裕が出た時、次のステップへの足がかりを作る時ブレストが活かされる。

 

遣い古された五つの眼。

鳥の眼、虫の眼、魚の眼、石の眼、人の眼。

俯瞰する全体を見つめる鳥の眼。

近づいて良く見る虫の眼。

潮流を捉える魚の眼。

じっくり腰を据えて見つめる石の眼。

感情をもって見つめる人の眼。

 

これらの視点を持ちつつ対象者に接するとブレストが活かされる、

そう思いながら今日もブレストしながら仕事を進めている。

 






見慣れていく風景





夏から秋へ、そして冬。

風景が変わるたびに、自分の事象への捉え方に変化が生じる。

 

何かが起これば、原因を決めつけていることもある。

必ず原因があり、結果がある。因果である。

視点を変えてみると違った答えが見えることなど多々ある。

 

事業悪化、風評被害や販売不調からくる事業再生成就の可能性。
いくつもあるクエスッションマークを一つずつ消去していく。
なんとなくだが、この頃はその数が減ってきたように思える。

放射能汚染をまとめに被る地域での仕事に、

特別な思いもなくただ粛々と仕事をするだけ。
ここへ通うようになりまるまる5ケ月。
扇風機しかない社宅の生活はおそろしく非現実的に感じたのも懐かしい。
冬に入り、布団を掛け天井に向かって吐く息が白いのも普通になった。

 

福島、東京、大阪、各間の移動には慣れた。
頑なに自己の方法に執着していた若いころに比べ、

優柔不断と思われても仕方ないくらい柔軟性を持ち事象に対処する自分がいる。

“芯”を交代させなければ、それでいい。

慣れていく心・体がそこにある。

 

頑固さも必要なときがある。

視点を少し変えるだけで、もっと素晴らしアイデアに辿り着くことだってある。

往往にして考えを頑なに変えない人を見て、大変だろうなと思う。

 

頑なな心は、変えるのではなく、少しだけ溶かせばいい。

ロジカルな捉え方も必要だが、人間感情を主とした信頼感が溶解には有効だ。

 

見慣れている線路。

緑の広がる夏の風景。緑から茶色の世界へ。

そして、白い雪。

空だけは必ず存在する。

 

暑さも寒さも時間とともに馴染む。

頑な心は季節への順応性を鈍らせるのは、この地へきて感じた事実。

めぐる季節の中に、変化の現実と存在をかみしめる。

 

仕事も同じこと。

頑なな性格、柔軟な性格の違いは紙一重。

すべてのものを受け入れるのは限界があるけど、

可能な限りの事象を受け入れるだけ心の広さは持ちたい。

 

見慣れた風景の中に、

事象を受け入れる寛容さと柔軟性の必要性を姿に映し出すヒントがあった。

 

 

 







スイーツ試食



製造にかかわる人なら試作品は必ず体験する。

衣料なら五感でも、肌触り、フィット感、質感などを確認。
飲食物となると五感でも味覚、嗅覚が要求される。

子会社のスイーツ企業でのスイーツ試作。
甘いもの20種類もあれば、小さくカットして全部食べてもかなりの量。

ワインは喉をほとんど通さないテイスティング。
それでも微量に喉元を過ぎていけば、20〜30本やればそれなりに酔う。
スイーツはといえば、気持ちが悪くなる。

カットピースを小さくし過ぎれば食感が伝わらない。
大きくすれば、糖分過多で胸やけするし。

因果な商売だと思うが、売れる商品を作るには試行錯誤が大事。

水を飲み飲み10種ほど確認作業。
チーズケーキの違うタイプの4種までは順調。
しかし、量が多くなれば、さすがに全部はこなせず、とうとうリタイア。

本来はお金を支払ってモニターを雇う方がいいのだが、弱小企業は予算がない。
それで、自分たちがやるはめに。

味はもとより、絵心、遊び心は大切な要素。
これからは定期的に実施するそうだ。
う〜〜ん。




To do is to be

 



学生時代、意味もわからずサルトルに夢中になった。

理想を掲げ、夢を口にするのは若者の特権。

高度経済成長期が過渡期を過ぎて社会に出るとその夢も口にするはなくなった。

貧しかったな〜、心が。

そんなときふと目にとまった実存主義。

なんとなく救われた気がした。

あれから35年余。

 

根本は変わらない。行動することが自己の存在を認める。

 

 

3月のトピックはといえば、あの大地震。

 

仕事ではもろに震災の影響を受けている。 

巷間でのいいニュースは少ないけど、自分なりに楽しくやっているほうかな。

 

事象の事実は事実として受け止め、報道を真に受けるのは避けてる。

現実の事象にどう向き合うかは、自分で決めればいい。

まあ、粛々と物事をこなしている感じだな。

 

あれだけ揺れた地震の時も慌てずに飄々としてた。

開き直りとは違う意味での存在を自分の中で昇華させている。

 

ぼくが生まれたのは、ようやく日本でテレビが出始めたころ。

街頭でプロレスを見た時代。

昔は、とうぜん電車の本数だって少なかった。

コンビニなんてなかった。

携帯電話だってない。 

停電だってしょっちゅうあったし。 

まだ避難している皆さんに比べれば自分の置かれている状況なんぞは大したことはない。

 

今の不便さはそう不便ではなくなってきた。

 

震災で亡くなられた人達へは追悼、遺族を失った方々には哀悼を。

職を失った方々には働く場所を。 

そのためには、残された者として再興に貢献すべく仕事をすればいい、そう思う。 

 

行動が自己の存在となる。

 

 


ワインの試飲

 

仕事で酒が飲める。
いい仕事だ!

しかし、他の仕事ができそうもない。

口に含んで、喉を通さなければよいのだが、ついつい喉へ通してします。
意志薄弱の典型だ。

ジュブレ・シャンベルタン、シャトーラグランジェのセカンドは抜群。
月曜日にプレオープン。
売れるワインセレクションにしたつもりだが。
はたして…




希望の

 

 

企業研修は私の担当。

 

管理職、幹部、リーダーと呼ばれる人たちの研修が最も多い。

彼らの持つ能力を向上させるトレーニングをプロデュースする。

 

このところ、どの企業でも感じるのは、希望を持てない人たちが少なくないということだ。

社員だけでなく幹部の中に希望を持てない人たちが多いのに驚く。

 

希望! 夢とは違う、ようだ。

夢は夢であり、希望は今が虐げられているから感じる未来への期待のようなもの、かもしれない。

希望を持て!などと正面切って言うと、昔の青春ドラマのラストシーンのようで、恥ずかしい。

酒の席で愚痴を聞き、希望を持てとは言わない。

愚痴は不平や不満であり、虐げられている状況下ではない場合が多い。

蟹工船のような悲惨さがあって初めて、「希望を!」といえるのかもしれない。

そう考えれば、希望を持て!と言うほどの虐げられた環境を被る企業の人たちは、そう多くはないのかもしれない。

 

ただし、虐げられると感じる重さや視点の相違により、その主観は異なる。


 

この国には何でもある。ないのは希望だけだ!

と言ったのは村上龍。

彼には「希望の国のエクソダス」という小説がある。

読んではいないのだが、イメージが勝手に展開する。

 


エクソダス<EXODUS>

国外脱出とか大量出国という意味で、本来は旧約聖書にあるイスラエル人のエジプト脱出をいう。

戦後、イスラエルを建国するシオニズムをテーマにした映画のタイトルが「エクソダス」、
邦題はたしか…「栄光への脱出」であった。

70
年代半ば。ボブ・マーリーがジャマイカの政治社会に巻き込まれ重傷を負った。

エクソダスを余儀なくされ、やがて「EXODUS」という曲が生まれる。

 

ジャマイカには、一時的に彼の希望がなくなったのだろう。

いや、希望があったから次のチャンスに期待したのか。

映画「クール・ランニング」の世界を見ていると、エクソダスの真実の想像が難しい。

 

小さい島国の政治闘争に暴力が用いられる。

非暴力を主張する日本人は生ぬるいと海外の血の気の多い民族から批判に晒される。

そりゃあそうだ。湾岸戦争時がいい例えになる。

協力金を一番多額に出したにもかかわらず、
兵士や武器を出した国からは、金で解決するエコノミカルな者どもと詰られる。

 


命を呈して国を引っ張るだけの政治家は、日本だけではなく、確かに今はいまい。

日本では。 じゃあ、誰がやる?

誰がやっても同じ。政党内の数の原理がなせる頭の挿げ替え。

 

何でもそろう。ないのは希望だけだ。

相変わらず、そういう時代の真っただ中にいるようだ。

 

しかし、だからといって、希望もなくただ働いて眠るだけの企業人では寂しい。

もちろん苦しい仕事を、時には楽しくできる職場環境や人間環境作りを手助けして、

企業に貢献できる人間になりたいという希望を私は持ち続けたい。



移転

 


 

家を変わる場合は引っ越し。上方では落語にもあるように宿替えという。

オフィスの場合は引っ越しというより移転といったほうがしっくりくる。

 

会社の引っ越し。

自ら何度か立ち会ったし、移転通知を他社様から頂いたこともある。

支店の統廃合。業績が悪いため本社と支社の統合。

どちらかというと人様には大きな声では言えたものではない理由だった。

 

 

今回は…、

スタッフの人数が増え手狭になり、

業務上、セキュリティ向上ゆえもあり、どちらかといえばプラスの移転。

 

 

この9月よりおかげ様で第6期目を迎えさせて頂いた。

相変わらず日本は低成長時代。

かといって何も動かないのでは、先へ進めない。

多少の無理は承知で、仕事増と人員増を同じタイミングで実施しようと、当月に決断した。

 

 

エレベーターのある3階から、エレベーターのない2階へ移転して3週間ほど。

新築ではないけど、明治神宮外苑に近く東京でも緑の多い環境は、落ち着いて仕事ができる。

 

新しい所在地は、 東京都新宿区信濃町18番地 信濃町ハウス202 

地図

最初の2週間ほど、やや分かりにくい場所のせいか、とはいっても、

自分たちはいたって簡単なつもりでいたのに、

新しいオフィスに来られる方から「場所が分からない」と途中で連絡をよく頂いた。

 

 

口頭で道順を説明しているにも関わらず、だ。

何人も道を聞く方が多いので、念のため聞いてみると、

Google Yahooの地図で検索しプリントされ、また、

携帯やスマートフォンで検索しながら来たとおっしゃる。

 

どの地図検索も、この表記された場所から100mほど東南にずれている。

こちらがする道順の説明を聞いていた方は来場され、

説明を聞いていても、WEBの地図を信じた方は、途中で電話をかけてこられる。

 

WEBも確かなときが多いので仕方あるまい。

しかし、微妙な表記の住所はたまに間違う。

たまには、人間の意見も耳を傾けると正確なこともございます。

 

 

新しい場所へ移転いたしましたが、引き続きご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。


上海で会議

 


会議は開くにあたり理由が当然あり、その開催方法もまた様々だ。

 

仕事柄、他者様の会議には数多く出席させて頂いている。

しかし、その多くは、根回しの済んだ、確認会議であり、形式的なものが多く、

下の者の意思を無視した経営者独断の通達機関の様相を呈している場合もある。

 

本来、人が集まり創造性の智恵を出す会議が、

自らの生き残りを模索する守勢的会議へと変身してしまう。

多くの無駄な時間が費やされ、一握りの人間のために意思ある多くの人間たちを幻滅させる。

 

前向きに多くの智恵を終結させる会議がなぜ開けないのか不思議でならない。

 

以前、勤務していた企業で「立ち会議」を提案したことがある。

4、5人で立ったまま、目的と結論を導き出す。

座って、ああでもないこうでもないと議論するより、頭の回転が速くなり効果的だった。

が、本音が出すぎて経営者には不満のようで、何度目かで中止になった。

そして、普通の、、、眠たくなる会議方法に戻った。

そう、戦略性のない、確認会議へと。

 

人が集まると、多くの智恵が集まる。

会議の環境が変われば、その智恵に拍車がかかり、アイデアラッシュが増える。

 

「上海万博での文楽」のマネジメントで、文楽人形遣いで人間国宝の吉田簑助師等に同行。

文楽の仕事を終えると、毎晩弊社のスタッフと上海市内で合流。

8月末の期末を控え、来期の構想と具体的戦略をまとめる会議を実施。

 




中国、上海。

1500万人余の人口を有する中国最大の都市。

港町として古より人の往来が絶えず、今まではアジアで二番目の株式市場を誇る。

そして、急激な市場経済化で貧富の差は激しい。

13億人以上といわれる人口。その1割、日本の人口と同じ人が富裕層とその予備軍。

当然、日本ばかりでなく世界が中国市場に期待感を抱く。

 

初日に食事を兼ね会議をしたのは、1920年代より建築された「石庫門住宅」を修復し、旧フランス租界地の街並を再現した新天地にあるレストラン。過去と現在が複合した空間は、今や上海のダイニング、ファッション、カルチャーのメッカでモダンな店舗やレストランが目立ち、六本木、原宿、赤坂を髣髴させる。

客単価も一人あたり800元以上、日本円で10000円上は、人民公社、集団住宅の建物が集まる旧市街地での20元、30元もあれば食せるのとは雲泥の差。

 

ボクたちは、旧市街、新天地、大衆食堂に限らず、いろんな店に入り食事をとり酒を飲み、未来の設計図を書いた。ちょうどワールドカップ開催中で、日本パラグアイ戦を市内のバーで息抜きをする時間にも恵まれ、効率の良い仕事をすることができた。

 

人間の想像力を刺激する環境。

多国籍な人々が往来しカオスが蔓延り、未来への大きなヒントになった町、上海。

9月から第6期。

自分のためだけではなく、従業員や他の人のため、強いては社会のためを意識して仕事を続ける。

あらためて自らの存在を見つめなおし、現実を直視できた上海の会議だった。

 

みんなが何かを得られるという前向きな姿勢がなければ会議の意味がないと思う。




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