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福島の3年目




福島にある企業の再生案件にかかわり3年。
311震災の傷跡が生々しく残る東北各地の中でも福島は原発被災という世界でも初めての経験を受けていた。食品関係の企業は、ここは外国の地かと思うような不買運動をまともに被り、業績を悪化させる企業が多くあり、そんな状況下で再生の話が頂いた。

しかし、債務超過規模が大きく、再生への道のりは険しいので、仕事を受けるべきではないという社内の意見も多かったのは事実。
受けるべきか、断るべきか、悶々としながら、まずは従業員の皆さんに面談してから判断しようと決めて新幹線に乗った。着いた日にも震度4、震度5の地震が頻繁に起き、漠然とした不安が増長したのを覚えている。

それから紆余曲折を経て3年。
ようやく靄が取れ登り出す朝陽の頭が見えてきた、そんな風景に重なる。
スタッフの老いも若きも、ステークホルダーも、銀行さんも、そしてお客様の協力でここまで来れたことに感謝している。ようやく当初目標の第一フェーズが完了した。
第二フェーズは、向こう10年、20年後の姿を夢見て、攻めの体制を作り上げていくことだ。

先月、その福島の崩れかけていた企業が作る商品が、モンドセレクション最高金賞を受賞した。
不買運動の中で、定期的に放射能含有量を検査しWEBで公表し、地道に購入をしていただける企業、お客様がいたからこその結果だ。そして再生のために厳しい労働、市場環境の中でも残って一緒に働いてくれたスタッフに感謝する。
良寛さんの残した、『おらがおらがの「が」を捨て、おかげおかげの「げ」で生きる』の言葉が身にしみる。

継続している不買運動を見返そうとは今も思わない。時間をかけて努力継続を怠らないようにするだけ。
被災地での復興活動支援は様々だと思う。3年間、今も支援活動を続けている方々も周囲にもたくさんいる。
この町だけでなく地方都市においても企業活動を活発にさせれば町は生き返る。
日本国内はどこへでも、話があれば必ず行く。海外も厭わない。
経世済民を願う政治家が昔はいたが、今や少なくなったな。
企業経営もそれと同じことだと思う。


その企業の株主総会のため福島に来て、そんなことを思う。

 

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