<< 福島の3年目 | main | みのる秋 >>

ヒトコマの写真





この一枚の写真から歴史の中で翻弄された人たちの力強い意思を感じる。

ティック.クアン.ドク。僧侶だ。1963年6月11日の出来事である。
ドクは南ベトナム政府の仏教徒弾圧に抗議し、傀儡政権を先導したアメリカの大使館の前で、ガソリンをかぶり火をつけた。燃え続けても結跏趺坐を崩さなかった。

それは、理由の見えない泥沼の戦争を描きピューリッツァ賞を受賞した「ベトナムの泥沼から」の表紙にもなった。その著者はアメリカ軍に従軍したデービッド・ハルバスタム。後年、最良かつ聡明な人々を集めたケネディ政権がなぜ国民を巻き込み泥沼に追いやったのかを克明に取材した「ベスト&ブライテスト」の作者でもある。


そもそも、フランス植民地からの解放、そして日本の侵略反対、仏の再植民地化からの独立、1954年のフランスの敗北が背景にある。すでに共産化していた北ベトナムは全国で統一選挙をするように呼びかけていたが、フランスの代わりに全土の共産化を阻止すべくアメリカは、選挙を反故にして、南ベトナムに傀儡政権を樹立させた。泥沼はすべてはそこから始まっている。

傀儡政権の大統領は、ゴ.ディン.ジェム。その前のフランス傀儡政権の大統領はバオダイを選挙で破り政権の座に着いた。
このカソリック教徒の大統領は、今すべきことを忘れ宗教的な側面から物事を判断した。中部フエの出身者であるためサイゴンでの政権基盤が弱くカソリック教徒を優遇し、仏教徒を徹底的に弾圧し始めた。

多くの僧侶が殺され寺院が破壊された。
ドクは抗議のため焼身自殺を決行した。
ジェムの弟で秘密警察長官のヌー、その夫人はテレビの前で「あれはただの人間バーベキュー」と発言。
その後、アメリカはCIAを利用し、南ベトナム軍にクーデターを仕掛けさせ大統領とその弟を殺害。長い長い戦争が、東西冷戦、民族統一、様々な理由により1975年までベトナムの地で繰り広げられたのだ。

そのドク師の自殺した場所に案内してもらった。
カンボジアのキリングフィールドで多くの白骨を目の前にした時の震えが体に走った。
ただただ、手を合わすだけしかなかった。






 

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>
selected entries
categories
archives
recent comment
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM